炭水化物 たんすいかぶつ carbohydrate
デンプン,ショ糖,ブドウ糖など日常生活でもしばしば出会う化合物群であり,
糖質
とも呼ばれる。三大栄養素の一つ (炭水化物の栄養的側面については
〈栄養〉
の項目を参照)。 単糖すなわちアルデヒド基かケトン基をもつ多価アルコールを構成成分とする化合物と定義される。その多くは
(CH2O)nで示される分子式をもち,あたかも炭素に水が結合しているかのような印象を与えるので炭水化物という名称が生じ,かつては
含水炭素
とも呼ばれた。 炭水化物は
単糖
monosuccharide
,
少糖
olygosuccharide
,
多糖
polysuccharide
およびそれらの誘導体にほぼ大別される。少糖は単糖が
2 〜 20
個程度,多糖はさらにそれ以上結合したものである。単糖の例としては
ブドウ糖
(
グルコース
),
ガラクトース
,また少糖の例としてはグルコースが 2 分子結合した
麦芽糖
(
マルトース
),グルコースと
果糖
(
フルクトース
) が結合した
ショ糖
(砂糖),グルコースとガラクトースが結合した
乳糖
(
ラクトース
) をあげることができる。多糖には
デンプン
,
グリコーゲン
,
セルロース
などがある。
[単糖と多糖の関係]
グルコースとデンプンを例にとって説明する。デンプンを
1 規定の塩酸に懸濁し,4
時間程度煮沸するとグルコースが遊離してくるのでこれがデンプンの構成単位であることが判明する。しかしグルコースの性質がそのままデンプンに現れるのではない。例えばグルコースは甘いがデンプンは甘くない。またグルコースなどの単糖は一般に還元力があるが,デンプンにはこれがない。単糖の還元力はアルデヒド基,ケトン基に由来するもので,アンモニア性硝酸銀の銀イオンを還元して遊離の銀とする
銀鏡反応
などで検出することができる。デンプンが還元力をもたないのは,その鎖中のグルコースのアルデヒド基がグルコース単位を相互に結びつけるために使われているからである。一般に単糖が他の糖と結合するときには単糖の還元基が他の糖のアルコール性水酸基との間に結合をつくるのであり,この結合を
グリコシド (配糖体) 結合
glycosidic linkage
と呼ぶ。二つの還元基どうしが結合することもでき,その例としてショ糖があるが,この方式では二つ以上の糖をつなぎ合わせることはできない。グルコースが重合してデンプンとなるとその溶解性も変化する。グルコースは水にきわめてよく溶け,またその水溶液にエチルアルコールを加えても沈殿を生ずることはない。一方,デンプンは一般に水に溶けにくい。比較的低分子で可溶性のデンプンであっても,その水溶液にエチルアルコールを加えれば沈殿を生ずる。
[多糖の性質]
さて,グルコースのみから成る多糖にも種々の種類があり,その性質を異にしている。デンプンはグルコースがα1
→ 4 結合した鎖を主体とし,セルロースはβ1
→ 4
結合,そしてバクテリアが生産する多糖の一種であるデキストランはα1
→ 6 結合をもつといわれる。このα1
→ 4
結合などの意味はいかなるものであろうか。アラビア数字は単糖の炭素原子につけられた番号であり,グルコースでは
1 位はアルデヒド基の炭素原子を, 4
位はそこから数えて 4 番目の炭素原子を示す。すなわち
1 → 4 とはアルデヒド基が隣のグルコースの 4
位の炭素に結合する水酸基とグリコシド結合することを意味するのである。
α,βの説明のためには糖の環状構造に立ち入らなければならない。単糖のアルデヒド基,ケトン基は,通常分子内で
ヘミアセタール
hemiacetal
,または
ヘミケタール
hemiketal
を形成している。
グルコースの場合,ヘミアセタール形成は分子内の 5
位の水酸基と起こり,その結果,グルコース分子は
ピラノース環
と呼ばれる 6
員環を形成する。このときにヘミアセタール性の水酸基が
1 位の炭素に結合することになるが,この立体配置は 2
通りある。
ピラノース環を平面に見立てると,この面から 6
位の炭素と逆の方向に,すなわち上の図では下向きに水酸基が配置されているのがα体であり,上向きに配置されているのがβ体である。
αとβの違いは糖鎖の立体構造に大きな影響を与える。たとえばα1
→ 4
結合のデンプンでは,グルコースはらせん状に巻かれるが,
β1 → 4
結合のセルロースでは,グルコース鎖は直鎖状にのびている。
多糖の構造がきわめて多様性に富むことは,以下に述べる糖の化学からただちに理解できるであろう。グルコース
2 分子が結合して生ずる二糖は, 1 → 1,1 → 2,1 → 3,1
→ 4,1 → 6 の 5 通りの結合が可能で (ピラノース環の 5
位には水酸基がないので 1 → 5 の結合はありえない),しかもそれぞれについてαとβの二つの選択肢があり,結局
10 通りの構造をもちうることになる。 3
個のグルコースから成る少糖の構造はさらに多様となる。グルコースが直鎖状にのみ結合するとしても,
80
通りの構造が考えられる。また一つのグルコースの異なる位置の水酸基に,それぞれ一つずつのグルコースが結合するいわゆる
〈枝分れ構造〉
も 24 通り可能である。これに対して 3
個の同一のアミノ酸もしくはヌクレオチドを配列させる方法は
1 通りしかない。
[炭水化物の機能]
炭水化物の生理的機能は三つに大別される。まず第
1
に生物のエネルギー源となることをあげなければならない。グルコースは細胞の主たるエネルギー源であるし,その貯蔵型としてグリコーゲンとデンプンがある。
炭水化物が光合成植物のみならず,多くの動物組織においても主たるエネルギー源となっている理由としては,遊離型で直ちに利用できる単糖と,貯蔵型の多糖の相互変換が比較的容易に酵素的に行われるという炭水化物の特性が考えられる。
第 2
の機能は形態構築であり,この役割を果たす多糖として,セルロース,細菌細胞壁の多糖,そして高等動物の基質中の
プロテオグリカン
や
ヒアルロン酸
(ムコ多糖)
などをあげることができる。これらの分子が形態上の機能を果たしうる理由はさまざまであり,以下のいずれかに対応する。すなわち分子が直鎖状に配列し,しかも分子間に水素結合を形成しやすいこと,主鎖のほかに側鎖を出すことができ,それを利用して強固な網目構造をつくりうること,そして酸性基を有するときは親水性が強くゲル状となることである。
第 3 の機能は細胞表層における識別と関連しての
〈標識〉
としての役割である。これは糖タンパク質,糖脂質の糖鎖を中心として,近年急速に興味をもたれるようになってきた事柄である。この機能についてはまだ研究は初期段階にあるといえるが,糖鎖が特異な構造を多数つくりうることと関連して分子的に解明される日が近いと思われる。
その誘導体をも含めると,炭水化物の範囲と機能はさらに多様となる。まずグルコース‐6‐リン酸,フルクトース‐1,
6‐二リン酸をはじめとする一連の
糖リン酸エステル
があり,これはグルコースからのエネルギー生産の中間段階に関与する。さらに核酸などのヌクレオチド誘導体をあげなければならない。核酸においては単糖である
リボース
とリン酸のホスホジエステル鎖が骨格をなし,リボースの還元基に結合した塩基が特異性を発揮する。糖が多価の結合基を有するという特性がここでも生かされている。
炭水化物中の糖と糖の間の結合の分解および生成はいずれも特異的な酵素によってつかさどられている。分解酵素はほとんどの場合加水分解酵素であり,これらは
グリコシダーゼ
glycosidase
と総称されている。合成酵素は糖転移酵素 (
グリコシルトランスフェラーゼ
glycosyltransferase
)
と総称され,糖の活性化型である糖ヌクレオチドから単糖単位を移して糖鎖をのばす働きをする。糖ヌクレオチドを生合成するためには,
ATP
のエネルギーを使用せねばならず,多糖の生合成はかなりのエネルギーを消費する反応である。グリコシダーゼと糖転移酵素の種類は炭水化物の多様な構造に対応してきわめて多く,国際生化学連合が承認したものだけでも
200
程度に達する。これらの酵素タンパク質の異常に起因するヒトの遺伝病もいくつか知られている。
村松 喬
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