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 ■最高収量を目指す為に

  1、はじめに


すべての経済活動の目的は利益の追求でありますが、農業とて同じで、むしろ農業こそ反収、労働単価、利益率など、すべての活動は最終的に、目的農産物の可食部分あるいは、鑑賞部位を如何に多く収穫するかにかかっております。

しかしながら、現在の農業事業者の多くは、収益性の追求にあまり関心が無いようで、農業の基本である水稲では地域間格差が大きいものの、増収を図ることよりも、収穫時の簡便性(倒れない)が重要であるようで、コシヒカリに代表されるように、倒伏の危険性が増す増収を目指さないことが昨今の常識のようです。

平均収量が12俵を超えているような地区もあるようですが、11俵以上の収量をこれ以上に安易に増収することは困難と思われますが、8俵程度の収量の地域または水田では、10俵以上の収量を目指すべきで最終的には、やはり12俵を目指すべきと思っております。

水稲の最高収量は、1440kgで23表にも達し、実際の収量でも先進国では10俵以上の収量を実現しております。

右図で注目すべきは、その投入窒素量で我が国で15kg、お隣韓国では20kg程度の窒素を投入しており、960kg(16俵)の収量を実現しているエジプトでは22kg程度の窒素肥料を投入しています。

現在の水稲栽培において反当10kg以上の窒素を実際に投入しているか、私が事業展開している茨城県においては、倒伏を恐れるあまり6kg程度の窒素投入が現在では一般的となっております。

右図でも明らかなように、6kg程度の窒素投入では400kg(6.6俵)程度の収量であることが読み取れます。

収量は、明らかに窒素の投入において比例するものであり、三要素(N・P・K)や六要素(N・P・K・Ca・Mg・Mn)を窒素と同様に吸収させることで、多くの収量を収穫できます。

昭和8年に出版された焼き肥法による多収穫米の書籍においても、その40年前に5石(750kg12.5俵)の実績があり、当時の平均収量2.5俵の実績を農家が”増収への意欲がない”としてその原因を、戦勝国としての豊かさの現れであるかのように記しております。

つまるところ、農産物の収量は、実践を行う農家本人の意識に根ざすところが多く、その為にどれだけの努力と、必要十分な肥料が投入されたかに懸かっており、有機質肥料でも化学肥料でも十分な収益性を行うことが可能であることが明らかであります。新栽培技術の理論体系(昭和19年版)

単なる堆肥製造業から、収益性の要求される農業を研究し独自の理論(?)で構成された施肥理論が、近年において実を結び、積年の多くの誰でもが持ちえ、認識できないまでも相対している問題をひとつひとつ解決した経験から50歳になった本年に、とりあえず知りえる理論的要約を記するつもりでありますが、その内容はすべて”最高収量”を実現するためであります。

農業は総合的には、土壌や温度に関わる物理学、肥料や代謝に関わる化学(バケ学)、土壌に関わる地質学、命に関わる生物学、施肥と収益に関わる数学と損益や販売に関わる経済学など、人類が築き上げた学問の根本を網羅しており、”最高収量”を実現するには、そのすべての学問において瑕疵が存在せず、すべてを認識することではじめて実現できるものであります。

偶然により実現出来た収益性を云々するつもりは無く、一定の収量以上を常に実現できる体系化された技術が本物の技術でありその実現のためには透徹された洞察力が必要となります。

古の理論において特に重要な”最小律”(リービッヒ1843年)最小養分律(ドベネックの要素桶)が基本的であり特に要素桶は絶対的に重要な施肥理論でありますが、最高収量を獲得するために一番の手助けとなるのが、栄養週期栽培法を詳細に説明した故大井上康氏1892年明治25年)8月21日 - 1952年昭和27年)9月23日)の”新栽培技術の理論体系”であります。

その栽培法の真偽は明らかであり絶対的に正しいものでありますが(後に説明します)、その伝承の大本である日本巨峰会の脱会者は多く、現在巨峰を栽培している農業者の多くもこの偉大な書物の真偽を図れずにいます。

自分は、茨城県常陸太田市に二代(三代目も?)に渡り2ヘクタールのぶどうを経営した専業農家様と、栄週の基礎からの実践により実現された結果とその問題点を16年間に亘り考察し、一定の結果を再現できることが認識できそのために必要な土作り資材、肥料体系、施肥のタイミングを会得すると共に、70年近く前に発表された、偉大なる書物の問題点を明らかにできるように成り得たことで、今般の執筆に至る次第であります。

  2、栄養週期栽培法


 栄養週期栽培法は、昭和19年に出版されたようですが、昭和21年に出版された”作物栽培技術の原理”の序文において、栄養週期説を提唱してから14年近くの時間がたった事を記しており、提唱されたのは実に昭和6年(1933年)であるようで、満州事変の起きた年であり、宮沢賢治が石灰を販売する仕事をはじめ、”雨ニモマケズ”を手帳に記した年で、日本の近代農業の始まった頃であることは疑いようが無いようです。

来年で提唱から80年を迎える栄養週期栽培法は、果たして、正しいのか間違いなのか、12年以上前に全農いばらきに弊社の堆肥(まぜた君)を納品し始めた頃に、試験区として利用された堆肥を使ってくれた、技師さんに栄週について伺ったところ ”過去の施術でしょ” と一言で片付けられましたが、自分が有機栽培からの疑問や、ぶどう農家へのアドバイスにおいて一番のバイブルは栄週であり、コレを超える書物は無いといっても過言ではありません。

何故かといえば、栄週以外の書物は断片的な科学理論の羅列に過ぎず、昨今のあらゆる書物を読破したとしても、実際の栽培のため(収益)の方法は全く記されておらず、収量を多収ならしめる(大井上風言い回し)書物は皆無といっても過言で無いと思われます。(自分の知らない書物もあります)、それはこのサイトの動機である、最高収量(Fertilizing for Maximum Yield G.W.Cooke1982、山田芳雄訳 養賢堂) においても云える事で、

                          じゃ どうしたらいいの?

が、全く記されていないのであります。

大井上康氏が賛辞を寄せている、恒屋棟介氏の”微量栄養素と施肥設計”では、尺貫法ではありますが具体的に詳細に記されており、とりあえずの実践において非常に為になる書物であります。

自分は、恒屋氏の死去する3年ほど前に実際にお会いし(90才と仰っていた)4時間ほど奥様も交えて、栄週について議論させていただきましたが、有機栽培信仰に立ち向かうことが出来ない力不足に嘆いておいでで、当時既に有機物に近代的な洞察力を披見していた自分を大いに評価いただきましたが、特に信州上田のI氏が、栄週から離脱し有機栽培を目指してりることを奥様と共に残念がっておりました。

栄週の偉大さは世界的に硫酸カリウムの曇天使用、リン酸施肥のタイミングなど、有機栽培においてもお隣、韓国で有名?な”韓の農法”の提唱者も、日本の栄養週期栽培法と島本微生物農法を手本にしている旨の記載もあり、世界的に有名な栽培法であると思え、日本の科学者の優秀性を顕していると思われます。

しかしながら、なぜにその栽培法が正確に実践されずに批判され、我が国独自の農法となりえなかったのか、昨今において、多くの経営農業者が一度は読み物として通過しても実践による恩恵を受けることが出来なくなってしまったのか、

その原因はおそらく目的とする結果が実現できないためと思われますが、発売から68年になる技術が利用される資材も含めて、現在の農業に再現性の無いものであることはむしろ当たり前であります。

3、栄養週期栽培法の進歩




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